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いじめられっ子、世にはばかる

あのいじめられっ子は今。

小説はこちらで読めます。ぜひ。
https://kakuyomu.jp/users/toriyama_lukas
もうひとつのブログはこちら。お時間ありましたらどうぞ。
http://cocolukas1225.hatenablog.com/

星のおじさま

 こんにちは。鳥山です。あなた様には、尊敬する人はいるでしょうか。きっと誰かしら、いらっしゃると思います。ご両親、祖父母、学校の先生……その辺りが、「尊敬する人は?」の問いに対して多く挙がる人物かと思います。その人はあなた様に人生への希望と、道標を与えてくれる人なのだと思います。
 わたくし鳥山にも、そんな尊敬する人がおります。しかし、私はその人に会ったことはありません。なぜなら、その人は私に会う前に死んでしまった。いえ、正確に言うなら、私はその人が死ぬ前にその人に会いに行かなかった。
 その人に会ったことがない、なんていうと、今ならもしかしてネット上だけの付き合いなんかも連想されるかもしれませんけども、その人が亡くなったのは今から二十年近くも前ですから、ちょうどインターネット黎明期と言いますか、まだブログもツイッターフェイスブックも存在していなくて、ポチポチとHTMLを手打ちして作ったホームページやらテキストサイトやらが、亀の歩みよりも遅いダイヤル回線で表示されるような時代でありました。あの待ち時間に聴いた、ダイヤル回線のピーヒュロロロロロローみたいな音は、もしかしたらこの世で「絶滅した音」のひとつやもしれません。それから、ダイヤル回線でインターネットをしている間は電話が使えないから、電話をかけたい親から何度も怒られたもんです。今や、そんな理由で親から怒られる子供は存在しません。それは、新しい文化が成熟する前だけに立ち現れる、儚いおとぎ話のようです。
 とにかく、そんな時代でしたから、インターネット上で知り合った人と実際に会う、というようなことはまだ稀でした。そして、私の尊敬する人は、インターネットとは無関係です。むしろ、その時すでに五十、六十代であったような気がしますから、インターネットなるものに触れていたかどうかも怪しいのです。
 その人は、私の中学校の児童カウンセラーでした。私はいじめられっ子だったこともあり、中学校の三年間のうち、学校にちゃんと通ったのは通算で半分くらいです。特に最後の一年は、数えるほどしか登校をしていません。だから、私は、中学校の修学旅行に行っていません。大人になってから気づきましたけれども、学生時代の修学旅行の行き先はどこだったか、という話題は雑談の頻出テーマのようです。それは、「修学旅行」というものが、日本で義務教育を受けた人間なら、100パーセント経験するものだと信じられているからに違いありません。しかし、私はその100パーセントを打ち崩しているひとりであります。ふむ、なんかそう考えたらだんだんかっこよく思えてきたぞ。そんなわけで、「鳥山さんは、中学の修学旅行どこ行ったの?」と訊かれた時は、「広島県です」と、嘘をついています。なぜって、「不登校で修学旅行行ってないんですよねー」なんて真実を話しても、相手に気を遣わせるだけですし、なんならちょっと引かれてしまうからです。そんなことくらいは私にもわかるってなもんです。
 話が逸れました。話が逸れるのは私の生きる癖のようなものです。
 ともかく、私の尊敬するその人は、私がほとんど通わなかった中学校の児童カウンセラーだったのです。前述のように私は不登校でございましたから、両親、特に母親はそのことを心配し、一緒に学校にいるカウンセラーのところへカウンセリングに行こうと何度も言いましたが、私は頑なに拒んでいました。誰がカウンセリングなんか受けるもんか。誰にもこの苦しみなんかわかりっこない。だいたい、そんなカウンセラーになんかなる人間は、私と違って、目立たないくせに学校にだけは毎日きちんと通って、冴えないのに何故かいじめられたことはなく、趣味は人間観察(ハート)とか言って心理学を学んで、その割に「死にたい」なんて一度も思ったことない普通の人間なんだろ、とよくわからない偏見を持って拒否していました。その結果、母はひとりでカウンセリングを受けることになったのです。

 その人は、実際には、五十代から六十代のおじさまだったようです。というのは、もちろん後で母に聞いた話なのですが。
 その人は、ひとりでやってきた不登校児の母親(=私の母)と、このような会話をしたといいます。
「お母さん、娘さんは、どんなものが好きですか?」
「そうですね、よく父親と星の話や、宇宙の話をしています。それから、文章を書くことと、絵を書くことが好きです。漫画家になりたいみたいなんです」
「そうですか。それなら、大丈夫ですね」
「大丈夫ですか」
「はい。そんなに好きなものがあるのなら、娘さんは、絶対に大丈夫です」
 その人は、私と一度も会ったことがないにも関わらず、笑顔でそう言い切ったというのです。

 そしてその言葉を残し、まもなく病気で急死してしまいました。だから、私はその人に一度も会っていません。
 でも何故でしょう、何か悩み事があり、眠りにつけない夜は、その人の言葉が思い出されるのです。
 曖昧な態度を取り続けて、私を軽く扱う男性への想いを断ち切れずあがき続けた時、新月の夜空より暗いブラック企業に勤め、身も心も疲れ果ててうつ病を患った時、周りの人のように普通に生きられない自分と、その得体のない「普通」に首を絞められて心の呼吸困難に陥った時。折に触れて、その人の、「娘さんは、絶対に大丈夫です」という言葉が、私の頭の中で優しく響き渡りました。声なんて、聞いたことないのに。その一言は、家族に言われるよりも、友人に言われるよりも、不思議な力を持って私に届きます。強い確信を与えてくれます。
 優しそうなおじさまだったといいます。星の王子さまならぬ、私の星のおじさま。私はその人をそんな風に名付けています。名前は、知らないからです。
 おじさま、インターネットって知ってます? え、違いますよ、インターネッツじゃないですよ。ツイスターじゃないです。おじさま、おじさまのこと、ブログに書いても良いですか。良いですよね。おじさま、世界は目まぐるしく変わっていきます。もうダイヤル回線なんてないんですよ。光なんですよ。光。今私が見ている夜空の星は、昔の光です。今見えていても、何万年も前の、光なんです。不思議だと思いませんか、おじさま。
 私とおじさまの人生が交わることはありませんでしたが、おじさまの言葉はきちんと私という人間に届きました。それはもしかしたら、人間が自分の子供を産み、育てることと同じくらい、もしくはそれ以上に、価値のあることなのではないかと、私は思うのです。来世では、おじさまと会えるといいな、そんな風に思いながら、私は今日も生きているのです。